大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

甲府地方裁判所都留支部 昭和30年(ワ)73号 判決

原告 宮下かめ

被告 中村昭八 外二名

主文

被告中村昭八並被告相川重治は各自原告に対し金十六万円を支払え。

原告爾余の請求並被告中村重雄に対する請求は之を棄却する。

訴訟費用は之を二分しその一を原告の負担としその一を被告中村昭八並被告相川重治の負担とする。

この判決は原告が執行前担保として被告中村昭八並被告相川重治のため夫々金四万円を供託するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

成立に争いなき甲第二乃至第十三号証、証人奥脇達男の証言並同証言により成立を認め得べき甲第一号証並被告本人中村昭八並同相川重治各尋問の結果に依ると被告中村昭八は自動三輪車の運転業務に従事して居たものであるところ昭和三十年九月五日午後七時二十分頃自動三輪車山梨六―一、八三六号を運転して山梨県南都留郡中野村山中より同県山梨市に向い大月小田原線二級国道上を時速約四十キロにて北進し同県富士吉田市上吉田一、七五七番地物品販売業堀内徳次方前に差蒐つたが該地点に於て偶々右道路前方左側を自動三輪車と同一方向に向つて歩行していた附近居住の原告をその後方より距離約七、五米に接近して之を認め急遽速度を時速約二十キロに落し同時に把手を右に切つて同人の右側を通過しようとしたが及ばず右三輪車を原告に衝突せしめ同三輪車の左側後輪にて同人の左足部を轢き因つて同人に対し全治四週間位を要すと認められる左下腿中央部に於ける経骨及び腓骨の複雑骨折、下腿前面に於て膝関節下部より足関節上部までの不規則裂傷等の傷害を与えその結果結局治療のため膝関節より離断するの已むなきに至らしめた事実、而して右事故を惹起するに至つた原因は前記事故発生地点は道路副員八米余あり平坦なる直線道路で見透し十分なるも前方に向つて多少下り勾配にあり附近に人家点在し夜間と雖も歩行者があるから自動車運転者たるものは常に前方注視の義務を怠らず状況により速度を加減し警笛を吹鳴して歩行者に警告する等万全の措置を講じ以て事故を防止すべき業務上の注意義務あるに拘らず被告は当時酒気を帯び前記道路の状態が自動車運転に快適なるに気を許し右注意を怠り慢然道路左側を進行中なりしためその前方左側を同一方向に前行中の原告に気付かず僅か七、八米の近距離に接近するに及んで辛くも之を認め急遽前述の様な措置を採つたが及ばず前記傷害を与えた事実を認め得べく然らば被告昭八は自動車運転者として遵守すべき業務上の注意義務を怠り因つて原告に対し右の様な傷害を与えたものであるからこれによつて生じた原告の損害を講学上相当因果関係の範囲に於て賠償すべき義務あるや論なきところである。

次に被告相川重治に就いては成立に争いなき甲第五号証同第六号証同第十一号証並被告中村昭八同相川重治各尋問の結果に依ると被告昭八が前記の如く自動三輪車を運転するに至つたのは被告相川の依頼に依るもので即ち前記傷害は被告相川の事業の執行につき惹起せられたものであることが認められる、即ち被告重治は果物類の行商を業としている者であるが本件事故発生日である昭和三十年九月五日は南都留郡中野村所在の神社の祭礼当日であつたのでこの機会に同処で梨を大量に売捌かんとしその前日被告昭八に対し自宅である山梨市万力から右祭礼の場所まで商品である梨の運搬を頼んだところ昭八は偶々自己所有の自動三輪車を保有していたので所要の燃料を重治が提供し且礼金五百円を昭八に支払うという条件の下に之を応諾したところ祭日の早朝、昭八は自分の車が故障しているのに気付きその代りに同じ車庫に入れてあつた父重雄所有の自動三輪車を父に無断で引出し之に被告重治と同人所有である商品の梨を載せて自ら操縦して出発し右神社に赴き同処で梨を売り帰途売残りの梨と被告重治を載せて運転中での出来事である事実、被告重治は往復ともに被告昭八と同乗しており昭八に対しその運搬につき指示監督する立場に在り且かねて被告昭八の運転が粗暴であることを知つており当日も帰途昭八の運転が乱暴なので昭八に徐行するよう注意したことがある事実等の諸点に鑑みると被告重治の被告昭八に対する関係は自己の事業のために他人(被告昭八)を使用する関係に該当するものと謂うべく而して本件事故は他人である昭八が被告重治の事業の執行につき第三者に損害を加えた場合に当るから同被告は民法第七百十五条に依りこの損害を被告昭八と共同して(講学上不真正連帯債務の関係にある)支払はなければならないのである而してこの場合被告重治は昭八の運転振りが粗暴であることをかねて知つていたのに拘らず敢へて依頼した点に選任上の過失があり自動三輪車に終始同乗し現に昭八の運転の乱暴なるに気付き乍ら単に注意を与えたに止り之を阻止しなかつた点につき事業監督上の過失を免れず従つて免責事由具備せざるものである。

然らば次に被告中村重雄は如何原告の被告重雄に対し損害賠償を求める根拠は要するに被告相川から梨の運搬を引受けたのは被告重雄自身であり被告昭八が現実に運搬の衝に当つたのは父重雄の命に依るものであるとの理由に依るものであるが前記の如く既に被告重治の場合につき説明した通り梨の運搬を依頼せられたのは昭八自身であり昭八は父重雄に無断父所有の車を引出し使用したので重雄は何等関係のないことが認められるから同人は何等の責任を負うべき限りでない、この結論は本件の運搬に関し重雄は被告重治から何等の対価も得ていない関係からも肯認し得られる(重雄に頼めば重雄はその対価を当然要求すべきである)被告相川が本件運搬につき負担したものは往復のガソリンと昭八に対する小遣銭というか礼金というか金五百円の出損のみであることは被告昭八並同相川尋問の結果に徴し疑なきところと認められる、尤も甲第六号証と証人加藤英三の証言に依ると被告相川が運搬を頼んだのは被告重雄に対してであるかの如き疑を抱かしめるがこれらの証拠は被告等三名の各尋問の結果並証人中村昭六の証言に対比すると容易に措信し難く他に叙上認定を左右するに足る証拠はない、よつて被告重雄に対する原告の請求は排斥を免れない。

仍叙上説明の通り被告昭八と被告相川は各自原告に対し相当因果関係の範囲において傷害に基く損害の賠償をなすべき義務あるところ原告は負傷の治療代の精神上肉体上蒙つた苦痛に対する損害の賠償として被告等は合計八十万円の支払義務ありと主張するのでこの点を審究するのに先づ治療代であるが証人奥脇達男の証言並同証言により成立を認め得る乙第一、二号証によると原告の治療に要した費用は合計五万千八十円となるがその内四万八千二百八十円は被告昭八に於て支払済であり原告が支出したものは二千八百円であることが認められるから右二千八百円は当然被告等において原告に対し賠償すべき金額である。

次に原告に対する精神上並肉体上の苦痛にする賠償即ち慰藉料の額であるがこれが算定をするに当つてはさきに認定した通り被告昭八は当時酒気を帯びていた事実、原告は証人奥脇達男の証言によると結局膝関節部のところから切断するの已むなきに至りその後も患部が膿化したりした事実、証人宮下源吾の証言に依り認められる原告の身上の事情、被告昭八同重雄同相川各尋問の結果により認め得られる被告昭八同相川の財産関係その他同人等に関する身上の事情等諸般の事情一切を考慮し以て決すべきであるが一方本件事故発生につき一半の原因となつた原告自身の過失も所謂過失相殺の問題として考えられなければならない、即ち成立に争いなき甲第三同第五同第十二同第十三号証を綜合すると原告は当時道路の左側を通行していたと認められるが道路交通取締法第三条によると歩行者は道路の右側を車馬は左側を通らなければならないことに規定されているから原告が之に違反し左側を通行していた過失は本件事故発生にその原因の一半を加えたものとして斟酌されなければならない、この点を考慮して被告両名の負担すべき治療費慰藉料の額は、併せて金十六万円を以て相当と認める。

よつて被告昭八同相川は各自(不真正連帯債務である)原告に対し治療代の残金と慰藉料金合計金十六万円を支払うべき義務ありよつて右両被告に対する原告爾余の請求並被告重雄に対する請求は理由なきものとして棄却せらるべく訴訟費用の負担につき民訴第八十九条仮執行宣言に付同法第百九十六条を適用し主文の如く判決する。

(裁判官 千代浦昌美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例